<Lily of the valley-知っている筈の知らない人たち>





一通り泣いて、少しは落ち着いた、かな。
相変らず甲板にしゃがみ込んだままの体勢で背中を壁に預けて毛先を意味も無く指に捲きつけてみ
たりする。そういえば毛先の色がまた色抜けしてる。やっぱり身体も過去の物になったのか。
あ〜ぁ、これからどうしよう俺。そう独りごちた後に視線を下に何とはなしに落としてみた。足下のミュウ
は何時の間にかスピスピ寝てやがった。平和そうにむにゃむにゃ寝言言ってるよ、羨ましい奴。方膝を
立ててその上に腕を乗せて顎を置く。タルタロスはまだ走っている。外にいる所為で髪が風の煽られる。
あぁ、うっとしいなぁ!わざわざ翻って俺の顔にぶつかって来る髪を強引に纏めて後ろで一つに括って
みた。うん、邪魔な物が無くなってスッキリだ。少しだけ満足げに笑っていると、直ぐ脇の扉が突然開
いた。驚いて飛び上がると、中からガイが出てきた。ガイは胸を撫で下ろしている俺を見て少し眉を顰
めたけど、理由は訊かないで用件だけを言ってきた。

「もうすぐユリアシティって街に着く。降りる準備をして置けよ」

「・・・わかった」

それだけ言うとガイは俺の返事を訊いたのか?ってな速さでさっさと引っ込んでしまった。
俺は再びその場に座り込んだ。ふと気がつけば、ミュウが起きて俺の事を見上げてきていた。
何処と無く心配そうな目で見られている気がして、俺は恥かしくなってミュウの頭を乱暴に撫でる事で
誤魔化した。





あ、見えてきた。ユリアシティ。ティアが育った街。

「・・・・・・ぁ」

そういえば。
ミュウの頭を撫でていた手をピタリと止めて、俺は初めてユリアシティを訪れた時の事を思い出した。



そうだ、ユリアシティでは



「アッシュに会うんだった・・・」





重要かつ肝心な事を忘れてるなよ俺!















タルタロスを降りて、皆(ティアを除いて)はそれぞれ見た事のない建築物にキョロキョロしていた。
ガイなんかは特に物珍しそうに辺りを見回して眼を輝かせている。音機関好きの血が騒ぐんだなきっと。
俺はミュウよりも遅いんじゃないかと思えるぐらいの足取りで一番後ろを皆から距離を置いて歩いてい
た。別段何も変わらない様子で会話を交わしている皆の後姿。だけど

何か違和感があった。

何かってなんだよって聞かれると、上手く答えられないんだけど、『前』の時の皆の様子と少し違う気が
する。あの時も皆冷たかったけど、『今』は前の時以上に冷たい度が増している気がする。
気のせいかな・・・。

大分距離の離れている俺には誰も声を掛けようとはしない。
ましてや気に掛けるなんて事をする気もないみたいだ。まるで存在を無視しているかのように。

そう考えると、足が動くのを止めてしまった。

やっぱり駄目だ。違和感が拭いきれない。不安が増すばかりだ。

ミュウは俺の脚にくっ付いてまた心配そうに見上げてきている。
足下を見下ろしながら悩んだ挙句、引き返そうと決めて、そろりと一歩後退した。
大丈夫、皆気がついていない。今の内に―――

「何してるんです、逃げる気ですか?」

後ろを振り返りもせずにジェイドが言うのが聞こえて、俺は目を丸くしてその場に固まった。
ジェイドの声に皆が一斉に俺を振り返る。
不自然な形に動きを止めている俺を見てアニスはたたたっと駆け寄ってきた。
アニスは三歩ほど間を空けたところで立ち止まり、首を傾げた。

「何、アンタ逃げる気だったの。サイッテー」

「・・・っ」

アニスが俺に向けて冷たく言い放つ。
反射的に違うと叫びかけて、でも逃げようとしたのは事実だったから、寸前のところで言葉を呑み込ん
だ。唇を噛み締めて、俺は何も言い返すことは出来ないでぐっと下を俯く。

「貴方は本当に大罪を犯したという自覚は有りませんの?」

ナタリアが呆れたように言うのが聞こえる。ティアが溜息を吐いている。

また。また俺は何も言えない。言い返せない。・・・言っちゃいけない。

苦しくて胸が押しつぶされそうになる。

別に罪を犯したという事から逃げる気だった訳じゃない。自覚が無いわけじゃない。
ただ、皆がどうしようもなく怖かったんだ。まるで知らない人たちのようで。
だから逃げ出したいと思ったんだ。

強く噛み締めすぎた唇が切れて血が滲み出してきた。口の中に錆びた鉄の味が広がる。
眼には涙が溜まっていて今にも零れ落ちそうだったから、瞬きをしないで我慢した。
冷たい視線に晒されてどれくらい経ったろう。
数十分、或いはほんの数分だったのかもしれない。でも俺には一時間とか、そのくらいの長い時間が
過ぎたような感じがした。

痛い沈黙が流れるのに耐え切れなくなって、俺は声を振り絞った。

「・・・逃げないよ。ちゃんと皆に付いて行く」

俺の声は小さ過ぎて近くのアニスにしか聞こえなかったかな。
アニスは一瞬眉間に皺を寄せたけど、何も言わずにくるりと反転してユリアシティの方を向き直って歩
き出した。
それをきっかけに皆は止めていた足を再び動かしだした。
だけどガイだけは動かない俺が動き出すのを待つみたいにじっとしていた。
それに気がついて視線を向ければ、ガイはにこりともせずに行くぞと言う。
無表情に近いガイの顔が怖い。ガイは今まであんな顔をしなかった。少なくとも俺の前では。
なのに今ガイは俺に無表情で冷たい瞳を向けてきている。
いつも温かくて、優しいはずのガイの蒼い瞳が氷みたいに冷たく光っている。
手を差し伸べてくれるわけでもなく、近寄って来てくれて肩を並べて歩いてくれる訳でもない。
ガイを見つめながら、俺は漸く震える脚を動かし始めた。

ガイはのろのろと歩く俺を相変らずじっと見ている。
何だ、この足下から這い上がってくるような恐怖感は。やっぱり何かが徹底的に違うんだ『この世界』は。

唯一俺の存在を認めているのがガイ一人だけのようだった。
他の皆はさっき以上に俺の存在を忘れたみたいだ。ジェイドですらもう背後を、俺の事を気にしていな
い。この状況の中で、ガイが俺を気に掛けてくれている事は嬉しいことなんだろうか。

あぁ、もう泣きたい。アッシュ、助けてよ・・・。

情けなくぐすっと鼻を啜っていると、少し前を歩いていたガイが急に立ち止まって剣に手をかけて油断
無く構える。
え、と釣られて俺も立ち止まるとガイは早口で動くなと俺に言った。
素直にその場に突っ立っていると、何処からか殺気が放たれている事に気がついた。
ガイは逸早くそれを感じ取ったんだ。流石はガイ。
でもこの殺気を放っている相手を俺はばっちり解るけど、ガイはまだ解らないだろ。
そりゃ当然だよな。この後の展開を知ってる奴じゃないと解らないよな。

俺はこの殺気を放っている『誰か』の正体を知ってる。
そして『誰に』向けられているのかも。

「出て来ない気か」

ガイは警戒を強めながら低い声音で言う。


そのガイの声に答えるように、俺たちの横にあった柱の影から人が出てきた。





現れたのは紅い髪の・・・逢いたくて逢いたくて抱き締めたくて仕方が無かったアッシュの姿。





紅い髪を靡かせながら、アッシュが俺とガイの前に立ち塞がる。
右手に持った剣をこちらに突きつけながら、アッシュは俺を睨んできた。

「お前・・・ッ!何故俺の言う事を大人しく訊かなかった?!」

「いや・・・それは・・・・・・」

ごめん。その事については『ルーク』に言ってくれ。
記憶があるままでアクゼリュス崩壊直後に飛ばされてたら俺はアッシュの言う事を訊く以前に、崩壊を
阻止しようとしてたよ。それにしてもやっぱりアッシュには記憶が無いから、感動の対面って言うのも見
事にパァだよな。しかも俺は今アッシュに猛烈に憎まれている立場な訳だし。
ガイはガイで六神将の登場に警戒心を解けきれてないみたいで未だに剣に手を掛けたままだ。
でもそんな中でアッシュの言葉に反応してどういうことだって隣で呟いている。
ガイの呟きを拾ったアッシュが鼻で笑った。俺を見下すような目で見ながらアッシュが話し出す。

「そいつに俺は回線を繋げてヴァンの元へは行くなと、そう言っていたんだよ!それなのにこのレプリ
カは・・・!!」

「本当なのか、ルーク」

「・・・・・・」

ガイの問いかけに俺は答えられない。ガイは俺の沈黙を肯定と取ったのか、やや呆れた声を出した。

「全く、ヴァン揺将に懐き過ぎなのも困ったものだな。ところでアッシュ、レプリカって言うのは・・・」

「そいつは、俺のレプリカだ」

「・・・ってことは、お前が本物のルークだって事か?」

「そうだ」

意外にもガイは、俺が劣化品でアッシュが被験者だったという事実を知らされても余り驚いた様子を見
せなかった。少し考えるそぶりを見せた後、隣に居たガイがアッシュの方へと歩いて行く。
何で、嫌だ。行かないでくれよ、ガイ!
俺は愕然としてアッシュの隣に立つガイを見つめる。
ガイの瞳は何処までも冷たい色をしている。その蒼い瞳に、俺の姿が映った。

「流石に自分の犯した過ちも認められないような奴には付き合ってられないな」

ジェイドやアニスの言葉以上に深く深く突き刺さるガイの言葉。
俺の立っている足場が、音を立てて崩れていく。真っ暗で何も無い世界に飲み込まれるみたいに。
アッシュはガイが隣に来てくれたことが嬉しいのか、厳しい顔をしていたのが僅かに緩んでいた。

「行こうアッシュ。皆に事情を話した方がいいだろ?」

「あぁ」

俺を残してアッシュとガイは歩き出す。俺は呼び止められなかった。
呼び止める事が出来なかった。ショックの余りに声が出なくて。
遠ざかっていく金髪と紅い髪がぼやける。何か冷たいものが頬を伝う。
がくりとその場に膝を付いて、今度こそ俺は声を上げて泣いた。










縋るように伸ばした手は、もう誰も受け止めてくれはしなかった。




















少し仲間の態度を冷たいものにして見ます。
どんな屈強にもめげずに歩いて行くルークを理想に。
でもちょっと泣き虫過ぎですねルーク・・・。

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01.28